第4回 超小規模軍で独立した国

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 今月8月31日は「マレーシア」独立60周年です。前回も指摘したように独立時は「マラヤ連邦」でした。独立時と現在の国名が違うというのも驚きです。前回お話した公用語の文字が変更になったことのほかにユニークなことがまだあります。それは独立時に自前の軍隊をほとんどもっていなかったことです。

独立時に軍隊増強を重視しなかった理由

 

 国民国家、特に新興独立国家にとって自国の軍隊をもって防衛することは最も重要です。国境があるので、それを外部侵略者から守ることが最も重大な任務だからです。これはどこの国でも常識ではありますが、1957年に独立したマラヤ連邦は例外だったのではないでしょうか。

 

 独立時にマラヤ連邦は非常事態宣言下にありました。これは独立前の1948年、マラヤ共産党が政権奪取のため武装闘争を開始したとき、当時のイギリス植民地政府が発したものです。独立までには共産党の武装勢力はかなり縮小したと思われますが、独立時にもマラヤ政府は非常事態宣言を解除することができませんでした。

 

 このため、軍隊が早急に必要だったはずですが、政府幹部は当初、あまり軍隊増強に注力したがりませんでした。ラーマン初代首相は独立前日の記者会見でこう語ります。
 「経済向上に注力したいので、軍隊に多くの予算を費やす余裕はない」
 独立時のマラヤ連邦陸軍の自前の兵士はわずかに1500人ほど。海軍と空軍はいましたが、自前の戦艦も戦闘機をもっていませんでした。これを補うため、マラヤ政府は「英国・マラヤ防衛協定」(AMDA)を結び、イギリス軍数万人の部隊を国内治安と国防にあたらせていました。
 

 

軍の将校が全員外国人のマラヤ軍

 

 陸海空軍の起源はそれぞれ第二次世界大戦前の1930年代にまで遡ります。当時のイギリス植民地下でそれぞれ設立され、イギリス人を将校に置き、総数は数百人程度でした。
 驚くことに、マレー人が初めて陸軍の最高司令官となったの1961年。陸軍参謀長も1964年までイギリス人で、陸軍将校が全員マレー人になるのは70年代に入ってからです。海で囲まれている国であるため、海軍や空軍は陸軍よりも重要ですが、海空軍の将校は1967年、つまり独立してから10年経ってやっとイギリス人が離れていきました。こちらはイギリスのスエズ運河以東からの撤退とも絡んでいたのでしょう。

 

 1969年に大規模な人種暴動事件がありましたが、その後に政府はなぜか軍内部の民族比率を発表しています。それによると、士官の民族比率は、64.4%がマレー人、35.6%が非マレー人で、圧倒的にマレー人が占めていました。以後も陸軍内のマレー人比率は常に80%以上である一方、71年現在で海軍のマレー人士官は51%、残りが中国人とインド人が占めました。空軍のマレー人士官は全体の46%とと低くなっているのが特徴です。伝統的に海軍はインド人が、空軍は中国人の割合が多いようですが、技術関連のポストを除いて重要ポストはすべてマレー人に握られています。
 連邦政府はインドネシアによる「マレーシア粉砕」が本格化した1963年以降になってやっと軍事費予算の拡大や軍備拡張を徐々に行ない、兵力を増加してきました。

 

クーデターが起こらなかった国

 

 東南アジア諸国をみると、軍事政権が成立した国々がほとんどです。この地域で軍による最初のクーデターは1932年にタイで起きたもので、その後、各国が独立してからは次々と軍事政権が誕生しました。ビルマやインドネシアの軍事政権が30年以上の長期にわたったのは記憶に新しいところです。

 

 マラヤ連邦首脳らも軍によるクーデターを恐れていたにちがいありません。マラヤ/マレーシアの場合は民族が混在しているため、一旦クーデターが起きれば、他国とは違い、民族紛争にも発展しかねないかねません。上記でみたように、軍人の民族割合はほとんどがマレー人。仮にマレー人将校がクーデターを起こした場合、マレー人と非マレー人の憎しみが増幅するのは火を見るより明らかです。

 

 しかし、政府もクーデター防止の布石は打っていました。国防相は文民であること(独立から70年まではラザク副首相が兼任。以後は首相が兼任することも多かった)や、軍要職を与党幹部の親戚や信頼のおける人物にしておくこと、兵士への給与・手当てをよくしておくことといったことが挙げられます。

 

 一方で、軍人自身も自分たちの職務を明確に理解しており、且つ軍だけで経済や社会問題を解決する能力が不足していることをしっかりと認識していることも、軍が政治に参加することを消極的にさせていたようです。

 

 多民族社会であるが故に、初期の政府はクーデター対策にも苦心したのでした。現在までマレーシアで軍事政権が成立しないのは、それが奏功しているからなのでしょう。
 

 

伊藤充臣■在馬12年目。マラヤ大学の歴史学科で修士号と博士号をだらだらと10年がかりで取得。趣味は読書と語学勉強。最近は日本の小説に読みふけっていると同時にミャンマー語の勉強も始めた。

 

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