第29回  発電のはじまり

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マレーシアの発電の歴史は水力発電に始まりました。当時ジャングルの奥地に発電所を建設するのは困難を極めました。歴史を見ていきましょう。

 

 

マレーシアではずいぶん前から原子力発電の導入を検討しており、東日本大震災での福島原発事故をきっかけに政府も安全性について真剣に検討してきました。しかし、マハティール首相は原子力発電所の建設に先日待ったをかけました。

 

マレーシアのエネルギー委員会の2017年報告書によると、複合発電のガスタービンコンバインドサイクル発電が41%、次に石炭火力発電所が40%で、その次に水力発電(11%)による電力供給が行われています。(https://www.st.gov.my/en/contents/publications/outlook/Peninsular%20Malaysia%20Electricity%20Supply%20Outlook%202017.pdf)。マレーシアで初めて発電されたのは水力によるものでした。(編集部注・以前の記事では今でも水力発電が主だと書いていましたが、誤りであったため、訂正いたします)

 

電気は鉱山開発のために導入された

 

19世紀、マレー半島には多くの鉱山がありました。有名なスズや金の鉱山が点在しており、この開発をいかに効率よくしていくのかが鉱山経営者の課題でした。

 

そこで一部の作業を電力に頼ったのが富豪、陸佑(ロック・ユー)でした。スランゴールのラワンで彼は小規模なスズ鉱山を開発しており、ここで水力による小型の発電機を1894年に導入。マレー半島で電力が導入されたのはこれが初めてでした。

 

ラワンでは「ラワン電気会社」も設立され、その後には街の一部に街灯も導入されたようです。翌年にはクアラルンプール駅にも街灯がともりました。ちなみに、一般住宅に電気が導入されたのは20世紀初めで、その第一号がロック・ユーのクアラルンプールにあった豪邸でした。

 

そして、その後も電力は鉱山開発に利用されていきます。

 

水力発電を本格的に取り入れたのはパハンのラウブ(Raub)にあった金鉱山でした。マレー半島の金はスズと同じくらいに歴史が長く、16世紀にはパハンでの金の採掘が記録されています。なかでもラウブは金の産出地として有名で、欧米人らが19世紀以降に鉱山開発のために投資をしていきました。そのなかでも「ラウブ・オーストラリア・ゴールド・マイン社」は開発を急ぐため、水力発電を取り入れたのです。

 

発電所建設にはさまざまな障害があった

 

同社は1889年に豪州で設立され、ウィリアム・ビッビー氏がジェネラル・マネジャーに就任。パハンの1万2000エーカーの土地を50年間の契約で借り入れ、採掘していました。

 

ウィリアム氏は1895年、効率化のために金鉱山開発での電化計画を株主に提案。資金や技術面での不安から当初は却下されたのですが、株主らは2年後に電化計画を了承しました。これに伴い、同社は水力発電所の建設に取り掛かります。

 

マレー半島初の水力発電所建設は1897年から3年以上かけて行われました。その建設には今では想像を絶するほどの事態が数々発生しました。

 

金の採掘場は人里離れた山奥にあったため、発電所建設地も森林伐採と道路の敷設作業から始まったのです。しかし、大雨が降ることが多く、労働者の多くはマラリアにかかるなどし、労働力の不足に直面しました。

 

ウィリアム氏は工事が始まると、パイプラインの発注のため、ロンドンに向かいました。購入したパイプラインの到着は英国でのストライキや船での運搬で、マレー半島の港まで到着するのに1年以上を要したのです。

 

当時は重い荷物の運搬方法は主に牛でした。当時は多くの牛が牛疫や口蹄疫にかかり、使用できる頭数も激減。牛使いの賃金も跳ね上がりました。牛での運搬は遅く、港から鉄道を伝って最寄りの駅であったクアラ・クブ駅までパイプラインなどを運搬したものの、そこからわずか50キロ先にあるラウブまで数カ月を要しました。

 

また、1999年初頭には同社は発電所に設置する電気機器をロンドンに発注。電気機器は一機5トンの重さにもなり、これを6機納入することになりましたが、橋や道路の補強をしながらこれまた牛で運搬したため、これだけで同駅から約3カ月もかかったのです。

 

ダム建設のスンパム川周辺施設の設置だけで2年を要しました。こういった莫大な費用と労力をかけた水力のスンパム発電所(出力224キロワット)は1900年2月にようやく完成。6月ごろに待望の運転を開始しました。

 

以後、この水力を使って金を採掘し、年間産出量1トン以上に達しました。「ラウブ・オーストラリア・ゴールド・マイン社」はなんと1961年まで60年以上にわたってここで金を発掘していました。その後はしばらく休止していたようですが、「ペニンシュラ・ゴール社」が2010年ごろに採掘を再開。翌年には新たな金鉱山を発見して現在でも採掘が続けられています。また、この水力発電所は100年以上経った今でも稼働しており、マレーシア最古の水力発電所なのです。

 

 

伊藤充臣■在馬歴13年目。マラヤ大学人文社会学科歴史学科で修士と博士号を10年がかりで取得。趣味は読書と語学。専門の東南アジアを極めるため、最近ではクメール語に注力している。

 

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