第35回 マレー語聖書はあるのか

rekisi

 

4月21日に行われるキリスト教の復活祭。イスラム教が国教であるマレーシアでもキリスト教徒が毎年盛大に祝います。マレーシアのキリスト教徒は華人やインド人、サバ州やサラワク州の少数民族が主に信仰していますが、聖書はほとんどの人が英語または中国語、タミール語で書かれたものを読みます。公用語はマレー語ですが、マレー語の聖書はほとんどみかけません。それはなぜでしょうか。

 

マレー語翻訳聖書の完成には350年かかった

 

 統一聖書協会によると、世界には7,350言語ありますが、聖書の翻訳言語数は692言語に達します(2018年現在)。世界各国で話されている公用語はもちろんのこと、話者が少ない言語へも翻訳されており、現在もさらに着々と進められています。このなかにもマレー語の聖書があります。
 聖書をマレー語に翻訳する歴史は非常に長いです。その起源は1628年にあるとされています。

 

 マラッカがオランダの植民地だった時代、オランダ人がマタイとマルコの福音書のみを10年かけて翻訳しました。第二次世界大戦前までマレー語の表記はアラビア文字表記(ジャウィ)でしたので、当時もアラビア文字で書かれました。そして1662年、新約聖書全体の翻訳はオランダ東インド会社の支援を受けて、一応の完成となったのでした。
 このあとに旧約聖書の翻訳も進められました。オランダの神学者レイデッカーがオランダ東インド会社の要請で翻訳を1692年に開始。新約聖書の翻訳の手直しも行われ、新旧の全訳が期待されました。
 ところがレイデッカーは1701年に急死。このときすでに90%まで完成していたのですが、引き継いだ関係者による翻訳が完成したのはなんと32年後。このときはローマ字によるマレー語の全訳聖書が発行されましたが、当時はマレー人の間でローマ字を読める人はほとんどおらず、ジャウィで書かれた聖書の発行はさらに25年後の1758年になりました。
 しかし、翻訳の内容をみると、アラビア語などからの借用語が多いうえ、文法や表現も的確でなく、現在のインドネシアを含むマレー語話者にとって読むのに難解を極めたといいます。

 

改訂と完成への長い道のり

 キリスト教の世界各地への布教を使命とする神学者らは19世紀以降、新規翻訳や改訂に着手します。
 英国人の伝道師キーズベリーは1852年にローマ字による新約聖書の翻訳を完成させて発行。近代マレー文学の父、ムンシ・アブドゥラの助力があってできたとも言われています。
 ところが、またもやキーズベリーの翻訳も難解で、これを是正するため、1870年にオランダの伝道師クリンケルトが全訳を試みました。クリンケルトは、マレー語を勉強するために当時のマレー文化の中心マラッカやスマトラ島リアウに留学。そこまでして翻訳したのですが、スラウェシ島ミナハサ地域の方言が多数混じり、マレー半島のマレー人には理解不能な全訳聖書となってしまったのでした。
 さらに、1900年に英国外国聖書協会からの依頼で、英国人の伝道師シェレイバーがジャウィでクリンケルトの改訂翻訳を開始。1904年には新約聖書の翻訳が完成して印刷されました。シェレイバーは日常会話で使われるマレー語の単語を利用しながら翻訳に最大限の注意を払って完成させたものの、翻訳内容自体はあまり評価されなかったようです。
 1929年になるとスコットランド聖書協会やオランダ聖書協会などが合同でマレー語翻訳プロジェクトを立ち上げ、何がなんでもマレー人に通読してもらえるような聖書の完成に執念を燃やします。このプロジェクトはこれまでのレイデッカーやキーズベリー、シェレイバーの訳を参考に進められたのですが、新旧聖書の翻訳が出版されたのは約30年後の1958年となってしまいました。奇しくも翻訳作業が最初に開始されてから350年後になってやっと読める翻訳聖書が完成したのです。

 

独立後の聖書

 

 1958年というとマラヤ連邦はすでに独立して1年経ちました。以前のコラムでもご紹介したようにマレー語の表記はそれまでのジャウィからローマ字に変わりました。
 それまでマレー語翻訳聖書はインドネシアでも発行されていましたが、インドネシアも戦後に独立。インドネシアはその後にインドネシア語の新規翻訳を開始しましたが、1969年になるとマレーシア、シンガポール、ブルネイ(1984年に独立)の各国の聖書協会が共同でマレー語への新旧聖書の翻訳作業をはじめました。
翻訳はそれまでヨーロッパの神学者たちが布教の一環として行っていましたが、ローカルの信者たちがイニシアチブをとって進めたことは画期的な出来事でした。そして、この翻訳は1987年に完成し、今に至っています。
 ずいぶん前にさかのぼりますが、マレー語聖書のなかで神を「アッラー」と表記していることが問題となりました。「アッラー」はイスラム教にのみ使用するものだとしてイスラム教徒から批判され、聖書では神を意味する「Tuhan」を使うべきだとしたのです。現在でもこの論争は続いているようですが、政府は、こういった敏感な言葉での争いを防ぐためか、一時期マレー語聖書を国家言語局が主導して翻訳させることも検討していました。ただ、この計画は現在は立ち消えとなったようです。
 そもそも、マレー語への翻訳の目的はマレー語を話す人に対して布教するためにこれまで進められてきたはずです。華人やインド人の一部には英語を話せない人もいますが、彼らは中国語やタミール語を話せ、聖書を読むには各言語で読むことになります。そうなるとマレー語聖書は必然的にマレー人を対象としたものになります。
 しかしながら、マレーシア憲法では、マレー人を「マレー語を話し、イスラム教徒である者」と定義しています。このため、マレー語を母語とするが、キリスト教徒である場合はマレー人と認められないのです。1969年にマレー人と華人の暴動事件が起きたあとは、マレー人のアイデンティティーもさらに強まり、イスラム教徒が他宗教に改宗することは事実上困難になっています。
 このため、マレー語聖書の用途はほとんどなくなっているといっていいでしょう。華人やインド人は英語などの聖書を読んでいるため、マレー語聖書の需要がほとんどないのです。おそらく、英語を解せず、少数民族の現地語の聖書がないサバ州やサラワク州にいる信者の一部にこの聖書が必要なのだと思われます。これが、巷ではほとんどマレー語聖書をみかけることがない事情なのです。

 

伊藤充臣■在馬歴14年目。マラヤ大学人文社会学科歴史学科で修士と博士号を10年がかりで取得。趣味は読書と語学。専門の東南アジアを極めるため、最近ではクメール語に注力している。

 

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