第48回  増えゆくモスクの行方

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マレーシアで日本と異なる風景の一つにモスク(イスラーム寺院)の存在が挙げられるでしょう。マレーシアはイスラーム教が国教として定められており、国内には多くのモスクがあります。そしてこのモスクは今も増え続けています。今回はこのモスクを歴史的な観点からみてみます。

 

モスクとはいったい何か

 

そもそもモスクとは何のことなのでしょうか。

 

モスクとはアラビア語のマスジドが英語訛りになった言葉で、「ひれ伏すところ」という意味があります。マスジドはマレー語になるとムスジッド(Mesjid)で、アラビア語からそのまま転用しているのです。

 

基本的に一日5回のお祈りと金曜礼拝が行われる場所で、すべてのモスクは聖地メッカのカーバ神殿の方向に向いています。また、聖典『コーラン』やアラビア語を教わる学校となったり、対話集会なども行われ、イスラーム社会にはなくてはならない建物なのです。モスクには1軒あたり1人以上のイスラーム指導者が必ず常駐し、結婚や葬式についても関わります。また、金曜礼拝を主導するのも彼らになります。ちなみに、金曜礼拝は基本的に男性のみの参加ですが、カーテンなどで仕切って後ろのほうで参加する女性の姿もときおり見かけます。

 

イスラーム教は偶像崇拝を禁じているので、モスクのなかはいたってシンプル。礼拝する大きな空間が設けられているほか、古いモスクには説教壇があるのみ。

 

外部にはミナレットという尖塔が建てられており、ここから昔は祈る時間に肉声で呼びかける人(ムアッジン)がアザーンを叫んでいたのです。現在はスピーカーに変わり、四方八方に向けています。ちなみに、一日5回のアザーンは録音ではなく、必ずライブです。さらに脱線すると、アザーン大会やコーラン朗唱大会があり、国際大会ではマレーシアはトップに入ることもあります。
また、モスク併設にはイスラーム学校のマドラサや寄宿舎のポンドックもあるところがあります。

 

マレーシアで最古のモスク

 

世界最古のモスクはサウジアラビアのマディナにあるカーバ・モスクで、カーバ神殿とも呼ばれています。これは622年には建設されたとされ、現在でも世界中からイスラーム教徒が巡礼にやってきます。

 

それでは、マレーシアで最古のモスクはどこでしょうか。それはクランタン州コタバル南部にあるムスジッド・カンプン・ラウトです。

 

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このモスクは、はっきりとした建築年代は不明ですが、15世紀に建てられたとされています。このモスクは木造建築。その建築や設計様式はジャワ島中部にあるムスジッド・アグン・デマ(1401年建立)の様式に類似しており、建築はこの頃だろうと推定されています。建てたのは、現在のベトナムにあったチャンパ王国とジャワ島の間を旅行していたイスラーム教指導者だったようです。ムスジッド・カンプン・ラウトは、まるで日本の昔の建築方法のように、釘を一本も使わずに建てられています。

 

もともとはコタバル北部のトゥンパット地区のクランタン河沿岸にあったのですが、1967年の大洪水で土台が崩れて建物が崩壊しそうであったことから、1968年に現在の場所に移されました。

 

次に古いのは、ペナン島にあるムスジッド・ジャメ・バトゥ・ウバンで、1734年に建てられた平屋のモスク。イギリスのカントリー・トレーダーで、ペナン島を1786年に領有宣言したフランシス・ライトが来る約50年も前に建てられたのです。石作りでその後は改築しているのですが、4本の柱は昔のまま残しています。

 

3番目に古いのは、トレンガヌ州クアラ・トレンガヌにあるムスジッド・アビディン。こちらは1793年に木造建築で作られたのですが、その約60年後の1852年に当時のスルタン・ウマールがレンガ造りに建て替え、さらにその30年後にドームを増設しました。現在では白いモスクとして有名で、多くのスルタンの墓地もあります。

 

古く残されているモスクが、かつてマレー半島でイスラーム教の中心地であったマラッカ王国ではなく、東海岸とペナンにあるのは面白い現象です。
イスラーム教は、中東の商人らがインドを経由してマラッカ海峡に入って来て、マラッカ王国の王が改宗し、その後にマレー半島の人々の間にも広がったとされます。マラッカ王国時代にモスクがあったことは記録されていますが、現在は残っておらず、ポルトガルとオランダ植民地時代になくなってしまったと思われます。

 

20世紀に入るとも石造りやレンガ造りのモスクが次々と建設されます。なかでも有名なのが、クアラルンプールのかつての中心部だったムスジッド・ジャメ(1909年建立)やクダ州アロースターのムスジッド・ザヒール(1912年建立)、ペラ州クアラ・カンサールのムスジッド・ウブディアー(1917年建立)です。

 

次々に建てられるモスク

 

さて、20世紀に入ってイギリス植民地下でも大きく立派なモスクが作られましたが、1957年にマラヤ連邦が独立すると、国や州もモスクを建設していきます。

 

その一つが1965年にできたクアラルンプールの国立モスクです。独立直後から建設を政府は計画し、当初は初代首相の名をとって「トゥンク・アブドゥル・ラーマン・モスク」にする計画でしたが、本人が拒否し、代わりに単純に国立モスクと命名されたのです。1万5000人を収容できる大きさで、1988年にスランゴール州シャーアラムに2万4000人を収容できるムスジッド・スルタン・サラフッディン・アブドゥル・アジズ(通称ブルーモスク)ができるまでは最大でした。

 

その後もモスクは次々とでき、現在までに国が運営するモスクは全国に20軒。国立のモスクが最多であるのがマラッカ州で8軒。また、州立モスクはどの州も一つずつあり(マラッカ州とジョホール州は2つ)、昨今さらに郡立や村立が多く建設されています。

 

イスラーム開発局(JAKIM)の統計によると、2019年5月現在で、全国にモスクは6350軒あります。なかでも村レベルで建てられたモスクが最も多く、全体の約95%を占めます。

 

全国でモスクが最も多いのはサバ州の1045軒。同州は国内最大の面積であることや少数民族の間でキリスト教徒も多いことから、モスクを増やして誇示しているのかもしれません。

 

次に多いのがジョホール州の803軒、ペラ州の620軒、パハン州599軒と続きます。また、クアラルンプール連邦直轄区は64軒と少ないですが、礼拝所であるスラウの数は508軒と圧倒的。なお、全国のスラウの数は1万8338軒に上り、最多はスランゴール州の2168軒です。

 

スラウは、現代ではショッピングモールなどにある礼拝所を呼びますが、かつてはモスクより小さい建物(どの程度なのかは不明)のことをスラウと呼んでいました。ただ、モスクとスラウの役割については不明確ですが、スラウは民間レベルで作られているのが特徴的です。また、すべてのスラウにはイスラーム指導者がいるわけでもないのが、モスクと異なるところです。

 

モスクは現在も着々と建設され続け、2019年5月現在のモスク軒数は2018年12月末現在よりも26軒多い。つまり、約5日に一軒は建設されている計算です。また、スラウの数も増えており、2019年5月は2018年12月末より160軒多く登録され、こちらは1日一軒できている計算になります。
今後もモスクやスラウは増えていくとみられ、大規模なものが建設される可能性もあります。

 

 

伊藤充臣■在馬歴14年目。マラヤ大学人文社会学科歴史学科で修士と博士号を10年がかりで取得。趣味は読書と語学。専門の東南アジアを極めるため、最近ではクメール語に注力している。

 

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