「堤防」決壊後の社会を、どう生きるのか

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日本型の社会が揺らいでいる。グローバル時代のキャリアパスとはどういうものか。どういう人材が必要になるのか。モナッシュ大学の渡部先生に語ってもらった。

 

先日、日本に帰国した際、東京に住んでいる社会人3年目になった長男とサシで飯を食べ、酒を飲んできた。かつて自分の父親が大学生の筆者と酒を飲みながら「息子と酒が飲めるのは父親冥利に尽きる」と言っていたが、その気持ちがわかったような気がした。

 

息子との話は、ほとんど彼の仕事のことだった。仕事は相当忙しいらしく、土曜日夕方にあった息子はスーツ姿だった。本来休みの日だったのだが、朝7時に社長から直接電話があって、8時半までに来てミーティングできないか、と言われたので、急遽出社したそうだ。

 

今基準でいえば、ブラックな扱いかもしれないが、「社長から直接電話をもらうくらい大事な仕事をやらせてもらっている」という充実感の方が彼には大きいらしい。事実、仕事内容について話すときの息子は実に楽しそうだった。しばらく、息子の話を聞いた後、筆者は尋ねた。

 

「それで、いつ会社辞めるの?」
「うん、たぶん2年後くらい」
と、息子は答えた。筆者はホッとした。

 

息子が日本社会の慣習に染まっていないことが確認できたからだ。

 

日本人の典型的なライフプランとは

 

現在の40代半ば以上の世代の日本人には、典型的なライフプランがあった。学校を卒業し、正社員として就職し定年まで働き、家族を持ち、お金があれば持ち家を買う、というものだ。

 

それが昭和時代の「キャリアパス」であり、本人がそこそこの努力をしている限り、そのキャリアパスから外れることはほとんどなかった。

 

筆者はかつてそういった社会を「堤防型社会」と呼んだ。「籍」を持つことで安心を得る社会である。少なくとも、戦後から現在まで多くの日本人が求めているのは、「良い大学に入って安心」「良い会社に入って安心」「良い人と結婚して安心」など、「あるところに籍を置けば、とりあえずその後は安心できる」という人生である。籍を置くことは、堤防の内側に入ることを意味する。

 

この価値観は、日本の社会制度と日本人の心性に大きな影響を及ぼしてきた。日本人が人生において最も努力し、最も真剣に決断するのが、この「籍」を得るための行動だからだ。入試、就職活動、結婚、子どもの学校選びなどなど、「籍」を得るためには多大な才能と努力が必要だ。そして「籍」を得て、堤防の内側に入った後は安心していられる。

 

逆に「籍」を得られない人は、「負け組」のレッテルを貼られる。この見方では、いわゆる「Fラン大学」(ランクの低い大学)の学生や「浪人」は、良い大学の「籍」を得られなかった人々だ。また、非正規雇用社員は、正規雇用という「籍」を得られない人々だ。婚活を続けていても良い伴侶を得られない人は、文字通り「籍」を入れられない人である。

 

そういった価値観の下、さまざまな制度や慣習もまた、堤防型に沿ったものとなっていた。終身雇用制、年功序列制、入社後の手厚い社会保障や福利厚生、大学や高校の入試、盛大な結婚式なども、「堤防の内側に入った安心」を得るためだった。

 

この価値観と、社会制度や慣習のマッチングは、戦後の日本ではうまく機能してきた。熾烈な受験競争に勝ち残った若者は、一流大学という「堤防」の内側に入り、その後さらなる強固な安心を得るために「正社員」「一流企業入社」を目指す。

 

堤防の中で安心に浸ることのできる人々の行動規範は、「籍を失わないこと」、「堤防の外に投げ出されないこと」という目的に沿ったものだった。

 

「ミスをしないこと」がもっとも重要な社会

 

結果として、冒険しない、立ち向かわない、保守的な社員が多くなり、会社役員にもそういうタイプが増えてくる。会社をクビにならないように、大学は最低の成績でも卒業はできるように、「ミスをしない」ことが最も重要となり、リスクを承知でチャレンジするような行動が否定されるからだ。堤防の内側で荒波に揉まれていなければ、そうなるのは当然だ。

 

しかし当然ながら、そんな日本型制度はとうに崩壊している。堤防は決壊しているのだ。

 

一流大学に入学し、正社員でよい企業に勤めても、人間関係に疲れ、うつやひきこもりになるケースは多いし、終身で勤められると思っている人の方が少ないだろう。将来への不安があまりに大きく、得られるお金は貯蓄にまわしがちになり、消費は増えない。

 

重要になるのは、安心を提供するような堤防などもうない、という自覚と、荒波をいかに泳いでいくかを考える知恵、そして実行するバイタリティだ。

 

グローバル時代のキャリアパスとは

 

筆者がまだ早稲田大学に勤めていた頃には、一部の学生はそういう知恵とバイタリティを持っていた。卒業後、中国に就職し、中国語を磨いてから、日本の商社を狙う学生や、ロンドン・スクール・オブ・エコノミーに入学し、MBAを取ってから、外資系に就職を目指す学生など、自分たちで時代を読み、自分のキャリアプランを練っていた学生が大勢いた。

 

グローバル時代にキャリアプランを考える際、手段としてもっとも一般的なのが留学だ。だが、見ていると日本人の留学生は2つのタイプに分かれているよう思う。

 

ひとつは、上記の学生のように、留学をキャリアアップの手段として考えている学生や親だ。彼らは、留学して何を学べるかを考える。日本にいては身に着かない「何か」を得ることを考えている。

 

もう一つのタイプは、留学そのものが目的になっている人や、留学の目的があいまいな人々だ。典型的なのが「英語がうまくなる」「日本は自分にあわない」といった理由だけしかない学生だ。

 

残念ながら後者のタイプが日本で成功することは、筆者が知る限り皆無だ。彼らは留学を「防波堤」と勘違いしているからだ。留学したという事実より、それによって日本国内にしかいない人と、どんな違うことができ、身に着いたのかを証明できなければ、日本企業も海外企業も、採用することはないだろう。

 

マレーシアに住む私たちは、日本国外に住んでいるからこそ、防波堤のない世界で生き抜く術を真剣に考える機会に恵まれているはずだ。特に子供を持つ親や若い世代は、キャリアプランをしっかり考えるいい機会になるだろう。

 

 

渡部 幹(わたべ・もとき)
モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授
 
UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。社会心理学を中心として、社会神経科学、行動経済学を横断するような研究を行っている。また2008年に共著で出版した講談社新書『不機嫌な職場』が28万部のヒットとなったことをきっかけに、組織行動論、メンタルヘルス分野にも研究領域を拡げ、企業研修やビジネス講師等も行っている。
代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。

 

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