ニュージーランドの事件に見る差別の構造

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ニュージーランドのクライストチャーチで起きたモスクの襲撃事件。今回は、これを元に、「特定の民族に対して歪んだ認識を持つ」人の心の裏にあるものを心理学的に解説する。

 

去る3月15日、ニュージーランドのクライストチャーチで、モスクで祈りをささげていたムスリム教徒が銃撃され、49人が殺される事件が起きた。大きく報道されたので、知っている人も多いと思う。

 

衝撃的だったのは、逮捕された犯人が、その様子をフェイスブックで生中継しており、銃撃の瞬間の生々しい映像が全世界の人々の目に、リアルタイムに触れたことだ。

 

それだけではない、最初の襲撃の後、犯人は別のモスクにいってさらに殺人を行っている。警察に捕まったのは、3つめの襲撃を行おうとしているところだった。

 

逮捕されたタラント容疑者は、事件予告も行っていた。”The Great Replacement”と題したマニフェストを作成し、そこへのリンクを襲撃の直前に画像掲示板に投稿していたという。このマニフェストでは、かつて共産主義者、無政府主義者、新自由主義者であった自分が、後に人種主義者となったことを述べ、移民の排斥、特にムスリム教徒の排斥を訴えていた。

 

典型的なヘイトクライムと考えられるが、この事件が世界に与える影響は計り知れないだろう。オーストラリアのある議員が、この事件の根本は移民受け入れにある、と発言し、それに反発した少年が議員に卵を投げつけ、議論になっている他、イスラム教過激派による報復も懸念されている。

 

特定の民族に対して歪んだ認識を持つ心理の裏

 

マレーシアにすむ私たちは、日々イスラム教徒との人々と接している。そこで知るのは、どの宗教であろうと、人々の暮らしに大差はないということだ。気になる相手に恋心を抱くこともあれば、結婚して子供ができると可愛がる。嫁姑問題も宗教や民族を越えて起こっている。宗教や民族に関わらず、大抵のことは皆同じなのだ。

 

だが、こういった犯行に及びものはもちろん、それ以外の人々も、特定の民族や宗教に対して、歪んだ意見を持っている人が多い。それには、ある認知的なメカニズムが働いている。社会心理学でいう「錯誤相関」というものだ。

 

これは、マイノリティが目立つことをすると、それに準じたステレオタイプができやすいという現象である。例えば、米国で行われた実験で、被験者に黒人による犯罪のニュースと白人による犯罪のニュースの記事をいくつも読ませる。そのニュースの数は被験者の住んでいる地域の白人と黒人の人口比に合わせる。つまり、白人と黒人は10;1の割合で住んでいる場合には、白人による犯罪ニュースの数は、黒人による犯罪ニュースの10倍の多さとなる。この場合、白人も黒人も犯罪率に差はない。したがって、論理的には、どちらかに対してネガティブなイメージができることはないはずである。

 

しかし、この事件の結果、黒人がマイノリティになるほど、「黒人は危険だ」というネガティブな思いこみが増えていったのだ。つまり、人はマイノリティが目立つことをすると、「こいつらは危ない、異常だ」と思いこみやすくなるという認知バイアスを持っている。

 

もともと、キリスト教優位だったニュージーランドでは、イスラム教徒はマイノリティだ。そして、昨今の過激派のニュースや移民政策で揺れる欧州の国々をみると、上記のようなマイノリティに対するネガティブな印象ができやすくなってしまう。

 

自分にもバイアスがあると認識すること

 

このバイアスを避ける唯一の方法は、自分にバイアスがあることを自覚することだ。そして他人の言動にもこのバイアスが発動している可能性をチェックしておくことである。

 

その意味で言えば、マレーシアにおけるマイノリティである日本人もまた地元の人々に、歪んで認知される可能性があるということである。幸いにも、ルックイースト制度等のお陰で、マレーシアにおいて日本人は良い方向に目立つことが多かった。そのため、日本人に対して、好意的なコメントを寄せてくれるマレーシア人は多い。

 

だが、それはあくまでバイアス込の評価に過ぎない。そして何らかのきっかけで、日本人がネガティブに目立ってしまった場合、ローカルの人々の日本人に対する印象が簡単に逆転する可能性もあるのだ。

 

そのため、マイノリティとしてマレーシアに生きる日本人は、筆者を含めて、自らの言動には自覚を持たねばならない。自分の言動が日本代表となってしまうことさえあるかもしれない、という気持ちを持つことが大切なのだと思っている。

 

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