マレー人優先主義とスルタン制はどこへ行くのか

 

新政権となったマレーシアでは、これまで聖域だったマレー人の地位についても論争が始まっている。きっかけは、マハティール首相が政府の最高法務官の職にインド系のキリスト教徒を指名したことだ。

 

最高法務官がインド系のキリスト教徒に

 

これまでマレーシアで聖域と考えられてきたマレー人の地位についての論争が大きくなってきた。きっかけは、マハティール首相が政府の最高法務官(Attorney-General)の職にインド系のキリスト教徒を指名したことに対し、9つの州のスルタンからなる「統治者会議」が反対を表明したことだ。これまで最高法務官の職はマレー人のイスラム教徒*が就任していたので、これは大変な変化だ。結局、マハティール首相の盟友アンワル・イブラヒム氏がスルタンたちを説得するなどして、どうにか承認をとりつけた。

 

*マレーシアではマレー人の定義の中にイスラム教徒であることが含まれているので、マレー人は全員イスラム教徒ということになる。

 

マレーシアには、「マレー人の特別な地位を非マレー人が受け入れることと引き換えに、非マレー人の権利をマレー人も尊重する」という建国以来の「社会的な合意」がある。これに則って、例えば国の主要な役職はマレー人が占める慣行だった。しかし、新政権は民族に関わりなく有能なマレーシア人を登用する意向で、この慣行をなくしていくと見込まれる。今後、警察と軍のトップ、最高裁判所長官、中央銀行総裁などにもこの動きが及ぶ可能性がある。これも前回述べたマレーシア版「ピープルパワー革命」の一環だとみなすことができる。

 

若い頃、『マレー・ジレンマ』という著書を著して、マレー急進派の立場を表明したマハティール首相だが、今は「マレーシア人のマレーシア」として、民族的に中立の政府と国づくりを目指す。

 

イスラム系政党は新政府の方針に反対

 

すでにイスラム党(PAS)とイスラム系NGO諸団体がこの新政府の方針に反対を唱えている。PASはマレーシアがマレー人中心のイスラム主義の国になることを目指していて、今回の選挙ではマレー人有権者の3分の1程がこの党に投票したと推定される。そのことを考えれば、選挙勝利の余勢を駆って脱「マレー人優先主義」を進めることは相当の抵抗が伴う。しかし、このような根本改革を先導できるのは、マハティール氏しかいない。 

 

現在進行中のこの革命における最重要課題の一つは、先に述べた9つの州のスルタンたち、及び彼らの間の持ち回りで5年ごとに変わる国王にどのように向き合い、彼らの懸念にいかに対応するかだ。マレーシアのスルタンたちは、イスラム教とマレー人の地位の擁護者であると憲法に規定されている。であるからには、国の根幹をなすこの2つを揺るがすかのように見える新政権の方針に対し、黙っているわけにはいかない。

 

「日本の皇室」を見つめる新政権

 

マハティール首相率いる新政権とスルタンたちの間には、綱引きがすでに始まっている。それを強く印象付ける事件が最近起こった。マハティール氏の長年の盟友で、この国のメディア界の大御所であるカディール・ジャシン氏が、自らのブログで国王のために莫大な公費が使われていることを金額を挙げて指摘し、その奢侈な生活ぶりを間接的に批判した。それを国のメディアが取り上げたために事態が深刻化し、警察もカディール氏に対し扇動罪の疑いで捜査を始めた。しかし、マハティール首相は、自らの統一プリブミ党の最高評議会の一員でもあるカディール氏を擁護し、国王と各州スルタンの生活ぶりが今問題となっているのは、スルタン制を将来にわたって守りたいからだと応じた。

 

これに呼応してか、大手のザ・スター紙は元政府高官からの投書を掲載したが、そこではマハティール首相の最近の日本訪問に触れ、日本の皇室の質素で庶民的な生活ぶりを賞賛し、それは日本の国会が皇室への予算配分にも目を光らせているからだとし、「沢山の宮殿と高級車がある国」のスルタン諸家に対してもマレーシアの連邦議会と自由なメディアによるチェックが必要だというものだった。

 

マハティール氏の新政権は、彼の前回の政権を踏襲して「ルックイースト政策2.0」を掲げ、とりわけ、日本人の高い倫理観と恥を知る文化から学ぶことをマレーシア国民に呼びかけている。しかも興味深いことに、マレーシアのスルタン諸家の将来のあり方として、日本の皇室を念頭に置いているようだ。つまり、政治にもビジネスにも関与せず、文化的な存在として国民統合の象徴であること。新政権の新たな「ルックイースト」は、日本の皇室をも見つめている。

 

(プロフィル)おおいし・みきお
1990年代初頭から、マレーシア、ニュージーランド、ブルネイを拠点に主に東南アジアの紛争解決のための研究と教育と実践を行う。英国ブラッドフォード大学平和学博士。現在、マレーシア・サバ大学准教授。