第二次マハティール政権の新閣僚はどんな人たちか

 

7月2日、マレーシアの新政権に新たに大臣・副大臣が任命されました。一体どんな背景の人たちが閣僚になったのか。マレーシア・サバ大学の大石准教授に解説してもらいました。

建国以来61年で初めて政権交代を果たしたマレーシア。5月10日にマハティール氏が15年ぶりに首相に再就任し、同月21日に13名が閣僚に任命され発足した新政権だが、7月2日にさらに13名の大臣と24名の副大臣を加え、その陣容がほぼ整った。

 

大臣、副大臣の中には、私がかつてマレーシアの人権団体で働いていたころ、NGOセクターで交流のあった人々も含まれる。ああ、あの人たちが政府に入ったのかと政権交代の実感が湧く。それまで権力を批判する側に立っていた人々がその権力の立場につく。政権に長く止まれば、権力濫用や汚職の機会が増えるし、本人たちの政治的なビジョンの限界もやって来て、政権としての賞味期限が近づく。その意味で、今回の「ピープルパワー革命」は、まるで絵に描いたような政権交代のありさまを見せてくれる。

 

新内閣には、長い間マレーシア政治の中枢にいたマハティール首相とムヒディン内務相に加え、マハティール氏を批判する側にいた労働・社会運動や人権活動のベテランたちも多い。また、40歳未満の若い大臣、副大臣も相当数いる。そのため、清新さと革新性と同時に安定感もある新内閣の顔ぶれとなった。これは、かつて独裁者とさえ言われたマハティール氏が大きく変わったとしか言いようがない。また、連邦議会に加え州議会選挙でも新与党連合の「希望同盟」が躍進したボルネオ島のサバ州から5名の正副大臣が任命され、新政権のこの州への特別な配慮が感じられる 。

 

新政権の大臣の横顔は

 

今回任命された13名の大臣は以下の通り。
法務担当の内閣府大臣には、リウ・ブイキヨン氏(ワリサン党、華人系)。サバ州のベテラン政治家。ワリサン党はサバ州の地方政党で、総選挙の直前にリウ氏は多数の支持者を引き連れてこの党に合流した。また以前の「国民戦線」政府の時代に、リウ氏は法務担当の内閣府副大臣の職にあった。今回の任命で、当時彼がやり残した法制改革をさらに前進させることが見込まれる。
宗教担当の内閣府大臣には、ムハジッド・ユスフ・ラワ博士(国民信頼党、マレー系)。国民信頼党は、進歩穏健派のイスラム政党。イスラム学者であるムハジッド氏が、この国のいわば「宗教改革」を担う。前政権において保守的なイスラム政策を進めていたイスラム関係の政府部局を、どのように多民族・多文化・多宗教共存のマレーシアにふさわしいものに変えて行くか、新大臣の識見と手腕に期待がかかる。
国内通商・消費者大臣にはサイフディン・ナスティオン氏(人民正義党、マレー系)。マハティール首相の次の首相に指名されているアンワル・イブラヒム氏の長年の同志で、19年前のアンワル氏の失脚以来、苦楽を共にしてきた。任命された役職は、物価や消費者保護などマレーシアの人々の生活の質に直結する仕事。
起業・協同組合大臣には、レズアン・ユソフ氏(統一プリブミ党、マレー系)。民族間の垣根を越えた「希望同盟」政権の中ではマレー色が強い統一プリブミ党に属する。マレー人が多く住む農村部における起業や協同組合の支援に特に力を入れて行くものと思われる。
エネルギー・緑の技術・科学・気候変動大臣には、イェオ・ビーイン氏(民主行動党、華人系)。セランゴール州議会の議員を1期務めた後、2ヶ月前の連邦議会選挙に35歳で初当選したばかりにも関わらず、大臣に抜擢。マハティール首相の人選における大胆さが際立つ。内閣で一番若い女性閣僚となったが、単なるマスコット的存在ではなく、ケンブリッジ大学で化学工学の修士号取得という実力も備える。
連邦直轄領大臣には、カリド・サマド氏(国民信頼党、マレー系)。リベラルで進歩的なイスラム教の推進者として知られるが、今回の大臣就任により、連邦直轄領であるクアラルンプールの環境整備・制度改革に取り組む。マレー語の聖書の神の名に「アラー」を用いることを禁じるイスラム保守派の動きに反対した。
外務大臣には、サイフディン・アブドゥラ氏(人民正義党、マレー系)。前政権の中心を占めていた統一マレー国民組織の党内反対派として知られていた。2015年に離党し、アンワル・イブラヒム氏が率いる人民正義党に加わった。新生マレーシアの顔として、包括性(排除しないこと)、グッドガバナンス、自由、人権、持続可能な開発という価値観を国際社会で実現する役割を担う。
国際通商・貿易大臣には、ダレル・レイキン氏(ワリサン党、先住民系)。サバ州最大の民族カダザンドゥスン出身の弁護士・政治家として、州の地位の向上のために奮闘してきた。その同氏が、貿易国家マレーシアの経済的な国益の伸張に力を注ぐことになった。
自然資源大臣には、ザビエル・ジャヤクマール氏(人民正義党、インド系)。歯科医から政治家に転身。セランゴール州議会の議員を2期務めた後、今回の連邦議会選挙で初当選。マレーシアの特に首都圏で深刻さを増す水供給の問題、国土利用、鉱物資源の管理を担当する。
第一次産業大臣には、テレサ・コク氏(民主行動党、華人系)。1999年以来、連邦議会議員5期目のベテラン女性政治家。徹底した庶民派で 、クアラルンプールの選挙区では毎回記録を塗り替える圧勝を続ける。今回の任命で、米、ヤシ油、天然ゴムなど一次産品の生産・流通の効率化、この産業に関わる人々の福利の増進に力を注ぐことになった。
観光・芸術・文化大臣には、モハマディン・ケタピ氏(ワリサン党、マレー・先住民系)。今回、サバ州から3名任命された大臣の一人。マレー・先住民族系という民族背景を持つ同氏は、マレーシアの多様な文化と芸術を振興する役割にふさわしい。地域政党ワリサン党の同僚であるダレル・レイキン国際通商貿易大臣とタッグを組んで、この国の観光政策の新たな展開に取り組む。
建設大臣には、バル・ビアン氏(人民正義党、先住民系)。弁護士・政治家としてボルネオ島サラワク州の先住民族の権利の保護と増進に献身してきた。他州と比べ遅れていると見られているサラワク州の交通インフラの整備に光が当てられると、州民たちの期待が膨らむ。
青年・スポーツ大臣には、サイド・サディック・アブドゥル・ラーマン氏(統一プリブミ党、マレー系)。学生運動家出身。演説と討論のうまさで同世代の若者たちの間で大きな人気。卒業後、オックスフォード大学の大学院での奨学金のオファーを2度蹴って政治の道に。マハティール内閣で破格の若さの25歳。

 

この若い政権が、どこまで一般民衆の立場に立った改革を進められるのか、興味が尽きない。

 

おおいし・みきお
1990年代初頭から、マレーシア、ニュージーランド、ブルネイを拠点に主に東南アジアの紛争解決のための研究と教育と実践を行う。英国ブラッドフォード大学平和学博士。現在、マレーシア・サバ大学准教授。

 

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